原状回復ガイドラインとは?入居者が知っておくべき知識や注意点まとめ

「退去時の修繕費用が思っていた以上に高額で驚いた」「敷金が全く返ってこなかった」「経年劣化なのに、なぜ私が負担しなければならないの?」など、賃貸物件の退去時にこのような不安や疑問を抱えた経験はありませんか?
実は、国土交通省が定める原状回復ガイドラインによって、退去時の修繕費用の負担区分は明確に定められています。
このガイドラインを知っているだけで、不当な請求から身を守ることができ、大切な敷金を適切に返還してもらえる可能性が高まります。
しかし、多くの入居者は「原状回復」という言葉は知っていても、具体的な基準や交渉の仕方を把握していないため、必要以上の費用を支払ってしまうケースが後を絶ちません。
また、貸主との認識の違いから、トラブルに発展するケースもあります。
そこで本記事では、原状回復ガイドラインの基本的な考え方から、具体的な費用負担の基準、トラブル防止のためのポイントまで、実践的な知識を分かりやすくまとめました。
入居年数による負担割合の変化や、契約書の特約との関係性など、見落としがちなポイントにも触れています。
退去時の修繕費用について不安を感じている方や敷金返還のトラブルを防ぎたい方は、ぜひ最後までご一読ください。
1.原状回復ガイドラインとは?概要について
原状回復ガイドラインは、賃貸住宅の退去時における修繕費の負担について、貸主と借主のどちらが負担すべきかの基準を示した指針です。
正式名称は「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」といい、国土交通省が策定しています。
このガイドラインで把握したいポイントは、次の3つです。
- ガイドラインにおける原状回復の定義
- ガイドラインの位置づけ
- ガイドラインにおける原状回復と清算の流れ
それぞれ、以下で解説します。
概要1.ガイドラインにおける原状回復の定義
原状回復ガイドラインでは、「原状回復」を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。
この定義で特に大切なのは、原状回復が「借りた当時の状態に戻すこと」ではないという点です。
つまり、通常の使用による壁紙の色あせや、床材の擦り傷など、日常生活で避けられない劣化については、借主の原状回復義務の対象外となります。
この考え方により、借主は過度な負担を強いられることなく、合理的な範囲で修繕費を負担することになります。
概要2.ガイドラインの位置づけ
原状回復ガイドラインは、主に市場家賃程度の民間賃貸住宅を対象とした参考基準です。
新規の賃貸借契約を結ぶ際の指針として活用されることを想定していますが、法的な強制力はありません。
既存の賃貸借契約がある場合は、原則としてその契約内容が優先されます。
ただし、契約書の条文があいまいな場合や、契約締結時に何らかの問題があった場合には、このガイドラインを参考にして解決を目指すことができます。
特に賃貸でトラブルが発生した際の話し合いの基準として重要な役割を果たすため、損をしないためにもしっかりと概要を理解しておきましょう。
概要3.ガイドラインにおける原状回復と精算の流れ
原状回復の具体的な精算は、借主の使用状況によって2つのパターンに分かれます。
故意・過失、善管注意義務違反などによる損耗がある場合は、原状回復義務が発生するのが原則です。
この場合、物件の経過年数を考慮して原状回復費用が算定され、借主の負担範囲が決定されます。
敷金からこの費用が差し引かれ、余剰金があれば返却、不足があれば追加請求となるわけです。
一方、通常の使用による損耗のみの場合は、原状回復義務は発生しません。
この場合、原則として敷金は全額返却されることになります。
2.入居者が知るべき原状回復ガイドラインに関わる7つの知識
原状回復ガイドラインでは、退去時の修繕費用について「借主負担」と「貸主負担」を明確に区分しています。
入居者が知っておくべき7つの重要な知識は、以下の通りです。
- 普通に暮らしていて発生した汚れやキズについては「貸主負担」
- 建物の構造が引き起こす劣化や損耗については「貸主負担」
- 次の入居者のための準備に必要な費用については「貸主負担」
- 冷暖房や水道、雨漏りについて、基本的には「貸主負担」
- 不注意や故意により付いた汚れやキズについては「借主負担」
- 借手の入居年数が長いほど、経年劣化と通常損耗の負担割合が減る
- 賃貸借契約書の「特約」の方がガイドラインよりも強い効力を持つ
これらを正しく理解することで、退去時のトラブルを未然に防げます。
知識1.普通に暮らしていて発生した汚れやキズについては「貸主負担」
原状回復ガイドラインでは、通常の使用による損耗や経年変化は「貸主負担」と定められています。
具体的には、壁紙の日焼けや変色、キズ、家具の設置によって床に付いた凹み、エアコンの使用による壁の黒ずみなどが該当します。
日常生活を送る上で避けられない現象であり、入居者に修繕費用を請求することはできません。
例えば、5年間使用した後の畳の色あせや、日当たりの良い窓際の壁紙に起きた日焼けなども、通常使用による劣化として貸主が負担すべき費用とされています。
しかし、特約によって借主負担となっている場合が増えているため、契約書に書かれている内容を確認しましょう。
入居者は、通常の生活による汚れやキズについては心配する必要はありません。
知識2.建物の構造が引き起こす劣化や損耗については「貸主負担」
建物自体の構造的な問題や欠陥に起因する損傷については、全面的に貸主の負担となります。
例えば、雨漏りによる天井のシミや壁のカビ、建物の経年による床の歪みや傾き、配管の老朽化による水漏れなどが該当します。
これの問題は、入居者の使用方法とは無関係に発生する建物固有の不具合です。
そのため、修繕費用を入居者に請求することはできません。
むしろ、このような問題を発見した場合は、速やかに管理会社や家主に報告し、修繕を依頼することが推奨されます。
入居者の責任は、適切な換気や清掃など、通常の建物維持に必要な基本的な管理を行うことのみです。
構造上の問題による損傷の修繕費用を請求された場合は、ガイドラインに基づいて交渉できます。
知識3.次の入居者のための準備に必要な費用については「貸主負担」
次の入居者を迎えるためのリフォームや設備の更新費用は、原則として貸主が負担すべき費用です。
具体的には、畳の表替え、壁紙の張り替え、襖や障子の張り替え、設備の更新などが該当します。
これの費用は「原状回復を超える」部分として位置づけられており、入居者に請求できる範囲を超えています。
例えば、5年間使用した後の畳の表替えを全額入居者に請求することは、ガイドライン上認められていません。
ただし、入居者の故意や重大な過失による損傷がある場合は別です。
通常の使用による劣化分を超えた部分については、入居者が相応の負担をしなければなりません。
ですが、特約で借主負担となっている場合も入居者が負担することになるので、注意が必要です。
知識4.冷暖房や水道、雨漏りについて、基本的には「貸主負担」
2020年4月の原状回復ガイドライン改正により、設備のメンテナンスに関する費用負担の考え方が大きく変更されました。
冷暖房設備や給排水設備、雨漏りなどの修繕について、借主が業者を手配した場合でも、その費用は原則として貸主が負担することになりました。
ただし、トラブル防止の観点から、まずは貸主や管理会社への連絡を優先することが推奨されています。
緊急性が高く、早急な対応が必要な場合に限り、借主の判断で修繕業者を手配することが認められています。
その場合も、事後報告は必ず行うようにしましょう。
知識5.不注意や故意により付いた汚れやキズについては「借主負担」
原状回復ガイドラインでは、入居者の不注意や故意による損傷は「特別損耗」として、借主負担が原則となります。
例えば、コーヒーなどの飲み物をこぼして床にシミができてしまった場合や、家具を設置するために壁に釘を打ち付けて穴をあけてしまった場合が該当します。
また、ペットの飼育による床や壁の傷、排泄物のシミ、臭いの付着、さらに喫煙による壁紙の変色や臭いの染み付きなども、特別損耗として扱われます。
この修繕費用は、入居者が全額負担する必要があります。
退去時のトラブルを避けるためにも、不注意や故意で汚れやキズをつけないよう注意しましょう。
知識6.借手の入居年数が長いほど、経年劣化と通常損耗の負担割合が減る
原状回復ガイドラインでは、物件の使用期間に応じて経年劣化分が考慮され、借主の負担額が減少することが明確に示されています。
特に重要なのが、各設備や内装材の耐用年数の考え方です。
例えば、一般的な壁紙の耐用年数は約6年とされています。
入居期間が6年を超える場合、壁紙の張り替え費用における借主負担の割合は減少するのが原則です。
長期的に入居していた人は、この点を費用交渉の材料としましょう。
また、長期的に入居していなくても、築が古い物件の場合は入居前にクロスを変えていない可能性があるため、その場合は交渉材料になり得ます。
知識7.賃貸借契約書の「特約」の方がガイドラインよりも強い効力を持つ
原状回復ガイドラインは、あくまでも修繕費用の負担区分を示した行政指針であり、法的な拘束力を持つものではありません。
一方、賃貸借契約書に記載された特約は、借主と貸主の間で合意された正式な取り決めとして法的効力を持ちます。
ただし「退去時のすべての修繕費用を借主が負担する」といった、著しく借主に不利な特約については、裁判所で無効と判断される可能性があります。
契約時には特約の内容を慎重に確認し、不明な点があれば貸主や管理会社に確認することを推奨します。
必要に応じて、契約内容の修正を申し入れることも検討しましょう。
3.【状況別】原状回復ガイドラインにもとづくトラブル防止のため注意点
原状回復ガイドラインに基づいてトラブルを未然に防ぐためには、契約時から退去時まで各段階で適切な対応が求められます。
- 契約時・入居時の注意点
- 入居中の注意点
- 退去時の注意点
それぞれの注意点について、詳しく見ていきましょう。
状況1.契約時・入居時の注意点
契約時には、原状回復ガイドラインの基準とは異なる特約が設けられていないかを確認することが重要です。
特に退去時の原状回復について、どのような内容が定められているのか、契約前に十分に確認する必要があります。
例えば「クロスの張替えは入居年数に関わらず借主負担」といった特約がある場合、ガイドラインの基準よりも借主の負担が重くなる可能性があります。
このような特約の内容は必ず理解し、納得したうえで契約を結びましょう。
また、入居時には物件の状態を細かくチェックし、確認リストを作成することをおすすめします。
特に既存のキズや汚れなどの損傷については、それがわかるように写真を撮影し、日付けがわかるような形で保管しておきましょう。
状況2.入居中の注意点
入居中は、原状回復ガイドラインを意識した生活を心がけることが大切です。
通常の使用による劣化は貸主負担となりますが、不注意による損傷は借主負担となるため、できる限りキズや汚れを付けないよう注意しましょう。
特に、壁紙へ突っ張り棒の跡がつかないようクッションを挟んだり、フローリングに傷が付かないようマットを使用することなど、日常的な配慮が重要です。
また、入居中に修繕が必要な損傷を発見した場合は、放置せずに速やかに管理会社へ連絡しましょう。
早期発見・早期対応により、損傷の拡大を防ぎ、結果的に退去時の負担を軽減できます。
状況3.退去時の注意点
退去時には、賃貸人や管理会社と共に物件の点検・確認を行うことが一般的です。
この際、入居時に作成した確認リストや写真を用意し、既存の損傷と区別できるようにしておくことが重要です。
また原状回復費用の請求を受けた際は、その内容をしっかりと確認しましょう。
請求内容が不明確な場合は、遠慮せずに管理会社へ内訳の説明を求めてください。
原状回復ガイドラインに照らして不当な請求と感じた場合は、入居時の記録を基に適切な交渉を行うことができます。
特に高額な請求については、慎重に内容を精査することをおすすめします。
4.原状回復をめぐるトラブルを解決する2つの主な手段
原状回復をめぐるトラブルが発生した場合、大きくわけて以下の2つの解決手段があります。
- 双方の話し合い
- 訴訟やその他の手続き
この手段は段階的に検討することが賢明です。
まずは当事者間での話し合いを試み、それでも解決が難しい場合に法的手段を考えるのが一般的なアプローチとなります。
手段1.双方の話し合い
原状回復に関する請求内容に疑問を感じた場合、まずは貸主側と誠実な話し合いを行うことが重要です。
この際、入居時の写真や動画、退去時の立ち会い記録など、客観的な証拠を用意しておくことで、より建設的な話し合いが可能になります。
特に注意したいのは、感情的にならず、原状回復ガイドラインの基準に基づいて冷静に交渉することです。
例えば「壁紙の張り替え費用の全額を借主負担」という請求に対しては、入居期間や使用状況を考慮した負担割合の調整を提案するなど、具体的な根拠を示しながら話し合いを進めましょう。
手段2.訴訟やその他の手続き
話し合いでの解決が困難な場合、法的手段を検討する必要があります。
具体的な選択肢として、以下の手続きが考えられます。
- 少額訴訟:60万円以下の請求に関する簡易な裁判手続き
- 通常訴訟:金額に制限のない正式な裁判手続き
- 民事調停:裁判所での話し合いによる解決
- ADR(裁判外紛争解決手続き):専門機関による調停
この手続きを検討する際は、請求金額や解決にかかる時間、費用などを総合的に判断することが重要です。
場合によっては、国民生活センターや消費生活センターなどの公的機関に相談することで、適切な解決手段を見つけることができます。
原状回復ガイドラインに基づく判例も多くあるため、参考にしながら最適な手段を選択しましょう。
5.入居者も原状回復ガイドラインを正しく理解することが大切です
原状回復ガイドラインは、賃貸住宅の退去時における貸主と借主の公平な費用負担を実現するための重要な指針です。
このガイドラインを正しく理解することで、不当な修繕費用の請求を防ぎ、適切な費用負担に抑えることが可能です。
特に大切なのは、通常の使用による損耗や経年劣化は貸主負担、故意・過失による損傷は借主負担という基本原則です。
また、入居年数が長くなるほど借主の負担割合が減少することも覚えておく必要があります。
ただし、契約書の特約がガイドラインより優先されることから、入居時には契約内容をしっかりと確認し、疑問点があれば貸主と話し合うことが賢明です。
また契約時・入居時、入居中、退去時の注意点もしっかりと理解し、退去時のトラブル防止に備えましょう。